ためになるそばの話@ 戻る(私のホームページへ) |
以前勤務していた中学校の一隅を蕎麦畑にしたことがあります。体育館の南側と北東の隅に栽培しました。南側には信州大そばの種を播種してみました。これはバイオテクノロジ−技術を駆使して信大農学部の先生が二十年ほど前につくったものです。北東の隅に栽培した普通の蕎麦と比較してみてもそのたくましい生長ぶりに目を見張るものがありました。茎や葉そして花も倍以上の大きさです。当然種子も。ですから、多収穫が期待できそうだったのですが、残念なのは実験用として播種してあり適期に播種してなかったので、鑑賞用になってしまいました。蕎麦という植物は霜にあわせなければいつでも花を咲かせ受粉すれば種子もできますが、ただ夏の三十度を越すような天気の時に受粉しても種子は育たないのです。(種子が育たない実験をしたのだ。) ところで、蕎麦という植物の面白いのは、その辺の雑草より生長が早く、しかも他の植物が栄養として吸収出来ないような土壌であってもたくましく生長できる術を心得ていることです。ですから、蕎麦畑に生えている雑草の惨めな姿を見ると学校の周囲にこの蕎麦を育てることによって校舎外の草取り作業が半減し、尚かつそば打ちを覚えてなどということを本気で考えているのは私だけでしょうか。ただ欠点は、ちょっとした風が吹くと倒れてしまうこと、もう一つは株が一株だけでは種子が出来ないということです。正確にいうと蕎麦畑に同種の株だけだったとすると(そんなことはありえませんが)種子が出来ないということです。それは、花の形を注意深く見るとわかります。めしべが短くおしべが長い花の株とめしべが長くおしべが短い花の株があります。前者を短柱花、後者を長柱花といいます。短柱花の花粉が長柱花のめしべにつくと受精し長柱花の花粉が短柱花のめしべにつくと受精し結実するのです。それ以外では結実しません。ですから、蜜蜂や蝶などの昆虫の働きが不可欠となります。そのためでしょうか、蕎麦は蜜をたくさん含んでいる蜜源植物の一種となっています。蜜蜂などの昆虫がたくさん寄ってくるように校舎外一面に蕎麦畑にすると良いわけです。後はひたすら強い風が吹かないことを祈りながら霜の降りる頃までほおっておけば良いことになります。そして、美味しい手打ちそばが喉を通るまでにすればいいのです。 ・・・・・・・・・・・ 私が蕎麦に魅せられたのは、今から十数年ほど前でしょうか。その年、構造改善直後の減反の田圃に蕎麦を播いて、収穫時には欲しい農家はいくらでもとってきていいということになりました。それで、思いもよらない蕎麦の粉が大量に手に入りました。たとえ幾ら蕎麦粉があったとしても当時の私は見向きもしなかったのですが、趣味らしい趣味もない私を手なずけた人がいたわけです。とにかく材料は大量にあるのですから勿体ないなどという感覚はなく、また生来の食い気と(グルメ思考)と凝り性に支えられて究極の手打ちそばを目指したのです。 作り始めた当時は食べれるそばとはほど遠く、それでも無理に美味しいといってくれる親父や祖父を心から喜ばそうとせっせと作るのですが、やっぱり駄目でした。もちろん手打ちそばの作り方といったような本は片っ端から読みました。ちょうどそんな折り、細君の小学校の担任だったU先生が、その方面に大変詳しいと聞き、確か大晦日前日の夜に家族ともども押しかけて手打ちそばの作り方のコツを伝授してもらったのです。それからというものは、いっきに腕が上がり、作れば作るほど手打ちそばらしくなっていくのがわかりました。今では職人顔負けの腕と自負するに至りました。とにかく、無趣味で何の取り柄もない私に趣味とおぼしきものができ、皆に喜んでもらえるとあって目の前がパ−と明るくなるような快感を覚えました。以来、暇を見つけては作っている訳です。しかし、こんなにも作っても今だに究極の手打ちそばだといえるものは作れません。まだまだ修行が足りないのでしょうけれど。(究極の手打ちそばづくりに続く) |
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